ちょっとおひっこし

しようかと思います。また出戻るかもしれないのだけれど、使い勝手がよさそうなので。というより、仕事がピークになるときまって、こういうことをやりたくなるのだ。

こちらです。意地でもタイトルは変えません(笑)。

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4回目プレレッスン

前日、うっかりボランティア仲間と飲んでしまったため、10分の遅刻(しかも、なかなかの出費になったことに翌朝愕然とする)。

今回は『日本語学習者からよく出る質問について考えてみよう』、講師は奥村先生。初めての男性講師。クラス最後を『お時間もよろしいようで^ ^』と締めたあたり、落語好きかと推測。長束先生は歌舞伎好きと仰ってたし、日本文化を嗜む方が多いのかな。

やはり、助詞の使い方に関する質問が多い。『お』と『を』はどう違うのか。わたし、小学生の頃『つなぎのを』て教わったのね。今でもワンフレーズとして刻み込まれてるんだな。『を』と言えば『つなぎのを』みたいな。

でも、それを発言したら先生、『ほうっ!』て。あら、一般的な教え方ではないのか。もちろん使い分けの定義としては合ってるんだけど、小学生がみんな『つなぎのを』て教えられてるわけじゃないらしい、ことを今日知った。

こういう、語呂が良い、一度聞いたら何故か忘れないフレーズを作れる先生は神だねぇ。あと、中学1年のときの英語の先生(ちなみに竹野先生という)。『あなたとわたしと複数形』これも、なんの定義だかもはや忘れたが未だに忘れられないフレーズ。これ、言い方がポイントなのね、字で書いても伝わらないんだが。

単数形のsが付くかどうかの授業だったかな。この後『ヒーとシーと人の名前』(もちろんHeとSheね)と続くから。

衝撃だったのは『バスが来た』の話。日本人が『バスが来た!』と言ったのでバス乗り場を見たが、まだバスは来てなかった。どうして?というもの。

たしかにっ!!言うね、バスが見えた時点で『バス来た!』って。これ過去形だわ。確固たる答えはないらしいんだけど、例えば探していた財布を見つけたとき『あった!』っていうじゃない。これは『発見のた』などと言われて、感情を表すもので時制とは関係ないっていう考え方。でも、『バスが来た』のたは、ちょっと違うねぇ。ということで、『バスが来(るところを発見し)た。』のカッコ部分が省略されたものと考えればいいんじゃないか、というお話でした。受講生にも満たない今のわたしからすると『それはちょっと無理があり過ぎんじゃね?』という感想ですが(笑)。ただ、発見しただったか見つけただったか、そのへんはちょっと忘れたんだけど。おい

言語は自然発生的なものだから、全てがすっきり理論が通るものではない。でも、いい加減なことを教えたくないですね、と先生。そういうことから上記のような答えでも、なんらかの拠り所が必要なのかも。自分にとっての英語と考えても、たしかに何らかの法則があった方がありがたい。でも、やっぱりこじつけ過ぎなんじゃ・・・(笑)。

さあ、これでプレレッスンはおしまい(わたしはね)。来月から本講座です。この日、丸の内でお友達とランチをしましたが、彼女の一言『最近、何があっても着付けの練習だけはして寝るのね』。衝撃。良い友人を持ちました。わたしも頑張るーっ!

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3回目プレレッスン

『大人の書き取り教室』

ということで、今回は新常用漢字がテーマ。2010年、新しく200字近くの漢字が常用として追加されたそうな。入れ替わりでお役御免となった漢字もいくつかあるそうで、とにかく、わたしたちは習ってないわけ、この新常用漢字は。

え、習ってなかったっけ?という漢字もある。『嵐』とか『岡』とか、長唄の『唄』もそう。一方で誰もが書けないであろう『鬱』も入った。いつ習うんだか知らないけど、小学生が『鬱』を書ける時代が?ちなみに『淫ら』も入ってて、『これ、どうやって小学生に教えるんでしょ』って、先生突っ込んでた(笑)。

さて、画数の少ないものから20問をクイズ形式で(笑)。わたし、自慢じゃないが漢字には強い方だと思う。強かった。強かったと思う。ところが、20問中正解5問。しかも、仕事でよく使う『勾配』って言う字も間違ってた。わたしが自信満々で書いた漢字は、どうやら存在しないらしい。

そんなこんなで苦戦するわたしたち。今回は生徒が6人。少し増えたし、性別年代の幅も広がった。長束先生から『あなたたち、今度は教えるんですからねー。これを教えなきゃいけないんですからねー。』と繰り返し言われる。『今までは教えてもらう側だったと思うけれども、これからは教える側なんだという意識を持って学んでください。』と言われてドキリ。←クイズに夢中で、すっかり忘れてた。

台風が近づいていたので早めに解散。プレレッスンも、わたしはあと1回の予定。今月はいよいよオリエンテーションがあって、教材もその場で一括買いです(3万くらいするの、泣)。

オリエンテーションの案内と一緒に10月期生の講座スケジュールも送られてきて、9月半ばから10月末までの1か月半、秋休みかのようにぽっかり空くことが判明。日本語教育能力検定があるので、その対策講座にあてられる期間なのだ。

ねらっておりましたよ。どのくらい空くのか、ねらっておりました。1か月半!!1か月はノマド(モロッコの遊牧民族)のお家でボランティアというプロジェクト(文化交流とか、そういうのが目的なんだと思うけど)に参加して、残り2週間はマラケシュとエッサウィラと、あとHouse13さんが企画してくれる砂漠ツアーと・・・。夢が広がるわたし。ざっくり計算しても60万くらい必要だが。

でも行きたい。ミドルアトラスからの、あのドライブ以来、憧れて憧れて憧れていたノマドのところにホームステイ!この機会、ぜったい逃したくなぁーい!!で、マラケシュに戻って2週間でしょ、数日はリベンジに費やし、1週間弱を砂漠ツアーに参加して、最後はエッサウィラへ。今度こそゆっくりするのだ。写真もいっぱい撮る。

そのために、いつまで会社にいなければならないのか、再計算の必要があるな(笑)。

検定は受けないのかって?むむむ

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TOEIC(本番)

何年ぶりかしら。TOEICを受けてきました。ほんとに言い訳じゃなく仕事に忙殺されていたので、ここ2週間くらいは全く勉強できなかった。ま、したとしても大して変わらなかったと思うけど。前日の土曜日に、何週間か前に張り切ってやった模試の復習をしました。パート5に関しては、もうほぼボキャブラリの問題だったので、知らない単語にマーカーしながら『ふーん・・・』って感じ(笑)。リスニングはひとつひとつシャドウイングしながら進みました。けっこう疲れた。リーディングまでは手が回らず。

会場は関内。試験会場なんて、ほんっと久しぶり。ちょびっと、ちょびっとね、恥ずかしながら緊張したかも!試験とか面接とか言うと、昔から変に見栄っ張りというか、あまのじゃくというか、そういうところがあって、大学の試験も『早く終わること命』的な、内容がどうということよりも(例え課された小論文が2行ほどで終ろうとも)、いかに早く退出するかに命懸けてたなぁ。。。絶対一番乗りで退出してやる!みたいな(笑)。とか、高校受験の面接では最後までスカート丈を直さなかったり、就職活動でも髪型とか化粧とか、バッグとか靴とか、ほんとに好きなようにやってた。自分の好みではない恰好をしてまでっていうことに徹底的に抵抗してたんだな。

若いねぇ。

今回も試験を受けながら、自分って変わらないなーっと思ったわけ(笑)。ま、そこはどうでもいい。

結論。慣れること!の一言に尽きます。

まず全体的な感じとしては、やっぱりリスニングの方がまだまし。それは試験の前半部分だから集中力が枯渇してないってこともあるかもしれない。ところどころ全く意味不明な問題や、あーこれ絶対引っかけ問題に見事に引っかかってるパターンだな、と思いながらマーキングするなんてこともあったけど、まだ改善の見込みがあるというか。そのへんは模試をやってみたときと印象は変わらず。ただ、なるほどと思ったアドバイスに従って、パート1のガイダンスとパート2のガイダンスが流れている数分間を、パート3の問題文を読む時間にあてたの。これは失敗かな。わたしの英語力がまだ足りないせいか、性格的に合わない戦法だったのか。そんなもん、パート1とパート2を解いてる間に忘れるがな。まったく意味無し。その時間、かえってポワンっと頭を弛緩させといたほうがいい気がする。2時間集中しっぱなしは、やっぱり疲れますから。またはパート5を数問解いておくとか。でも、弛緩案に1票だな。

パート3とパート4はテンポ命です。すこしトレーニングを積んで、もう少し力がつけば、前もって問題文と選択肢を読んでおかなくても(パート3が始まる以前にの意味)、3問ちゃっちゃか解いちゃって、その余った時間で次の問題文と選択肢を読むことは可能だと思う。模試のときよりも、この部分については今回手応えがありました。この『3問ちゃっちゃか解いちゃって』が出来るように、流れてきた会話文なり説明文を楽に理解するリスニング力、これを少し鍛えないといけないというが、これからの課題。

パート2はだいぶ良かった。うん、良かったと思うよ。

さて、問題はリーディングですよ。まずわたしが戦うべき相手は、英語を拒否ろうとする自分の脳みそですね。TOEICは時間配分が大事と言うけれど(実際、今回はパート6の存在を忘れていて長文に取りかかったときには45分切ってたんだよね)、パート1&2のガイダンスの時間をどう使うかも、そこが理由なんだけど、わたしは声を大にして言いたい。

一番節約すべきは、英語に拒否反応が出始めて同じセンテンスを何度も読んだり、ポワンっと意識が飛んだりする、その時間ですから!

それさえなければ、2時間でかろうじて解ける分量だと思う。ガイダンスの時間でアドバンテージを取らなかったとしても。今回は、パート8の最後の2題(長文としての2題ね、問題数としての2題じゃなくて)の時点で、残り5分ほど。もう目は英文を上滑りしてる状態だし、もともと小論文を2行で止めるほどの諦めの良さも持ち合わせているため、全部Aをマーキングして終了。あとは頬杖をついて、思う存分ぼぉーっとしながらタイムリミットを待ちました。

そうならないために、何が必要か。もうひたすらTOEICのリーディング問題を解くしかないと思うのですよ。これは英語で小説を読んだってだめ、文法書をしっかり浚ってもだめ、TOEICの文構造とTOEICの単語に慣れないとだめなわけです。それが苦痛じゃなくなるくらい仲良くならないとだめ。実際、パート5の短文なんて、何言ってんのか意味がぜんぜん分からなかった。意味が分からないまま解き続けるストレスと言ったら!余計に脳を疲弊させるね。TOEICの文構造と単語、これはさすがに会話を練習していても無理です。まったくプラスにならないわけじゃないけどね。現にアパの人間でワーホリ期間中に受けたら700点超えてたって人もいたしさ。でも、それは次元が違うのだ、くすん

ということで、アルク模試の徹底活用と、リーディングの参考書は買っていたので(手がつかなかったんだけど)、それの徹底活用、この2点に絞って勉強していこうと思う。わたし昔から単語集っていうのが苦手なので、それは仕上げの最後の手段。次の受験は1月の予定。ちくしょー、みてろよぉぉぉ!

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最強のふたり

341701view001 タイムリミットが近づいていたので、ひと物件納品したことを理由に無理やり取った夏休み。ひさびさに映画を観てきました。

前日、仕事中にネットを見ていて(?)目にとまった映画、『最強のふたり』。なんだか暖かそうな映画だったので、これに決めた。フランス映画づいてる。アーティストもフランス映画だったし、ハリウッド映画が大好きだったのに、人って年と共に好みも変わるものだ。

コメディと言われたり、ヒューマンものと言われたりしてるけど、コメディと言うほど笑い攻めにされたわけではなく(コメディの概念が人によるのかもしれないけど)、ヒューマンものってイメージほどには泣かされたわけでもなく、テンポの良い素敵な映画でした。音楽の使い方も好きだった。

ストーリーとしては、事故で首から下は全て麻痺してしまった大富豪が、スラム街に生まれ育ち服役経験もある黒人青年を雇って、彼の、大富豪の住む世界にとっては、非常識な言動や、憐れみや同情の一切ない対等な扱いを受けて、人生が前向きになっていく、というような感じ。青年の方も八方塞がりの状況から、最終的には会社社長になったという後日談があって、きっと大富豪と過ごした時間が大きく影響したのかもしれない。

ということなんだけど、わたしはその主軸ではなくて、この映画の世界というようなものに強く印象を抱いたらしい。『世界には色んな国があって、色んな人がいて、色んな層があって、そしてそんな色んなものが本当に実在するんだ』ってこと。おとぎ話のような大富豪がいる一方で、スラム街があって、通常は交わることさえなくて、でもわたしが想像し得るサラリーマンの層もあって、わたしが見ている世界っていうのは、実際のところ、そこだけだったりして。街並みも全然違うし、一方で、映画を観終わって帰る道々、再開発された横浜の街並みは本当に洗練されていて、そんな中、映画のことを考えつつ歩く自分がいるわけで。

なんか不思議。

スラム街での1コマが、わたしにそれをすごく印象付けたんだと思う。働き盛りの青年達がたむろしてる様子。また誰か仲間が来ると、みんなでハイタッチ。あの雰囲気を実際によく目にした日々が思い出される。今までになく、すごくリアル。日本だったら、みんなスーツ着て(スーツじゃない人も多いけど)あくせく働いてる時間帯。言葉を交わす人と言えば会社関係の人。ハイタッチしてふざけあってツルむ相手と会うのなんて、実は連休しかなかったりして。

モロッコで、ずっと違和感があったことって、これだったんだと思った。仕事が無いという差し迫った問題や、一方でゆったりとした時間の捉え方、濃い人間関係など、とにかくそういうことは置いといて、色んな国があるっていうこと。色んな環境に置かれている人がいるっていうこと、当たり前のことで分かってるつもりだったけど、分かってなかった。分かったからどうってわけじゃないし、分かったというより、ちょっと肌に感覚があるくらいなもんなんだけど、だから何なんだと言えば、やっぱりわたしはどうしても外に飛び出してみたいと思ってしまっているっていうことなんだ。切ないくらい、今は飛び出したくてしょうがない。

なんて、映画って(本もそうだけど)、観る人のそのとき置かれてる環境とか、感情とか、そういうものに影響されるね。わたしの場合、影響され過ぎだよって感じもするけど(笑)。

でもラストは主演ふたりの表情がすごく良くて、ぐっときました。色んな国があって、色んな・・・(もうしつこいな)、でもやっぱり、人間は人間なんだな。そういう風に思える映画でもありました。最近、年をとっていくことに不安はなくなったけど、それ相応に魅力のある人物でありたい、と思う。そんなことも改めて思った映画でした。

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2回目プレレッスン

休日にセッティングされたレッスンしか受けられないので、わたしにとっては2回目のプレレッスン。志賀先生という、長束先生がお母さん先生というイメージなら、お姉さん先生。とかって、こんなにバンバンお名前出していいんだろうか。。。別に大丈夫だと思うが。

今回は助詞について。これ、日本人でも興味のあるところだよね、助詞の使い方。わたしたちが英語を勉強する時の前置詞みたいなイメージ、『は』を使うのか『を』を使うのか『が』を使うのか。まだまだあるのよ、『に』を使うのか『へ』を使うのか『から』を使うのか。

まだプレレッスンなので、『へぇぇぇ、面白ーい!』と思う程度の内容。そう思わせれば、先生の思うツボなのであります。生徒はわたしを含め4人。前回のプレレッスンで一緒だった1人とまた再会しました。いったい、本講座の生徒数って何人なんだろう。。。

まず、外国語には助詞に当たる概念がないものもあるので、日本語を喋る際も助詞を抜かしてしまうなど、どんな母国語を持っているかで弱点が異なってくること。そして、なんとわたしたちも助詞を省略して喋っていることが多々あるということ。

『あ、テレビ見る?』

なんて、よく言うよね。逆に『あ、テレビを見る?』とは言わないな(笑)。主語を抜かすっていうことは、よく外国の人に言われる話で、『疲れたー』とはよく言うが『わたしは疲れたー』とは言わん(笑)。さらには『わたし、行ってくる!』って言うけど『わたしが行ってくる!』て言うときは、周りに対して『わたしが行ってくるから、あなたたちここにいていいよ』的な、『わたし』を強調するニュアンスだよね。

どうやら、主語につく助詞、目的語につく助詞は省略できる傾向があるらしい(あくまでもフランクな会話の場合)。逆に副詞にあたる部分は省略出来ないんだよね。『わたしの部屋でお茶飲まない?』とは言えても『わたしの部屋、お茶飲まない?』だと意味が分からん。

というような話。助詞を省略してるって意識もなかったけど、その省略の仕方にきちんとルールがあったなんてびっくり。

もうひとつ感動したのが『に』。『北海道に行ってくる』とかの『に』。方向性を示すのに使うことが多い。『へ』と同じような感覚。じゃ『へ』とどこが違うのかと言えば、ここまでくると癖じゃんね。(笑)。わたしほぼ『北海道へ行ってくる』とは言わない。『北海道へ行く』とも言わないし、『会社へ行く』とも言わないし。。。

話はそこじゃなくて、この方向性を踏まえて次の言い方を考える。

①前から来た人( )ぶつかる。
②リビングのドア( )ぶつかる。

①番。『に』でもいいけど『と』でもいいよね。じゃ、どこが違うのって話。『ぶつかる』を例えば『相談する』で考える。『前から来た人に相談する』と言うと、自分の個人的なことを相談するニュアンス。恋愛相談とか、進路相談とか(しねぇよ、笑。友人と置き換えて考えてください)。でも『前から来た人と相談する』と言った場合、2人で頭寄せ合って相談する感じじゃない?双方が共通してもっている何かについて相談するニュアンス。

①番に考えを戻すと、『前から来た人にぶつかる』は、自分からぶつかっていったイメージ、『前から来た人とぶつかる』は、お互いに落ち度は等しい感じがするわけ。『に』には自分から相手へ向かう矢印、『と』には双方向に向かう矢印のニュアンスがあるわけよ。

そこで②番。リビングのドアは物だから動かないよねぇ。向こうからぶつかってくることはない。わたしたち『リビングのドアとぶつかる』とは言わなくない???

すごぉーーーいっ!!!

思わず、声がでてしまった。日本語の助詞にも、at や in などのように基本的に意味がちゃんとあるんだね。わたしたちは、それをまったく考えずに使っているわけだ。母国語ってありがたいねぇ。

プレレッスンでは、日本語教師を目指した背景や、どんな働き方をイメージしているのか、海外か国内か、ビジネスなのか趣味なのか大人なのか子供なのか、そんなことをフランクに喋って、先生もフランクに色んなことを話してくださるんだけど、先生が受け持たれた前回の10月期生の中から3人、講座を修了してすぐ海外に赴任したんですって。1人は1月に講座を修了して、1月末には飛んだらしい。必ずしも数年の経験が必要ということでもないのよ、それよりもその国の文化や慣習を受け入れられるかどうか、生徒と壁を作らずなじめるかどうか、そこが重要みたい、と先生。誰しも最初は経験がないわけだから。それを聞いて抑えようもなくワクワクしてきた!国内での経験ゼロで海外に渡ることに関しては賛否両論なんだけど、まぁ、まだそこを考えるのは時期尚早かな(笑)。ただ、夢はピンポイントに、出来るだけ具体的に、そしてとりあえず言っとけ、ということなので言う。

わたし、JICAでモロッコに行って日本語を教えたい。

さて、帰りに前回のプレレッスンでも一緒だった女性とお茶を飲みました。彼女もなかなかストイックで、わたし驚くこと多々。いろんな人と出会っていろんな話が聞けて視野が広がるって素敵なこと。

彼女が『でも、話の組み立て方が上手いよね。話の転がし方がうまいっていうか(これにはわたし爆笑)。説明が分かりやすい。』と言ってくれたことが、ちょっと嬉しかった。テンション高過ぎ(←前日に言われたばかり)と言われることはあっても、そんな風に言ってもらったの初めてだった。そうかなそうかな。もし本当だとしたら、それはたしかに。。。仕事のおかげかもしれない。

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TOEIC

まだです(笑)。

日曜日の雷が鳴り響く中、意を決して模試をやってみました。アルクの究極の模試600問ってやつ。本屋さんに、これと公式問題集と2つ並んでて、単純に200円安かったからこっちにした。

結論からいくと、想定スコア640点。うーん、微妙。なんとも微妙。600点台に乗ったことにほっとしていいのか、学生時代まで戻せてないことを嘆いたらいいのか。どうせ800点まで上げるので、どちらでもいいんだけど(強気)。

今回は力試しという意味が強くて、でもあまりに悲惨なスコアはやだな、と文法などは復習しました。単語や語法、イディオム力がまったく足りないことは百も承知。それは次回、本気でスコアを取りにいくときに勉強することにしていて、でも過去問なり模試なりを何回も解いて感覚を掴むくらいのことはやっておこうと思ったのです。始めるまで時間かかった。部屋の掃除をしたり(これは必要だったんだけど)、洗濯したり(これも必要だったし)、食材の買い出しに行ったり(うーん、これも)、ラウンジに行ったらDVD観てたから便乗して、ついでに号泣しちゃったりして(これは必要なかった。けど良い映画だった。最初から観たかった)、やっと机に向かったのは4時半くらい。歯が立たなかったらどうしようって恐怖と、始まったら最後、2時間ぶっつづけだという面倒くささと。

いやー疲れた疲れた。ラスト3、4問のリーディングなんてヘロヘロ。時間ないのに『あと何問なの(泣)?』ってページをめくってみたりして。それでもなんとか最後まで解くことが出来た。終わってみて残り2分。まぁ、はじめてにしたら上出来(正確には2回目だけど、なんせ10年前)?

とにかく過問を解きなさい、練習しなさい、英語力よりテスト力だよ、という声をよくよく聞くけれども、本当にその通りです。まったく白紙の状態で試験を受けると、試験中右往左往することになる。指示も英語だし、例題も英語、気合を入れてマークシートに記入をしたら例題でした、なんてことも(わたし、やりました)。まず問題形式、出題順序を把握すること、これ大事。これだけでスコア変わると思う。本気で。

前回受けた時は、リスニングがちんぷんかんぷんで、あの状況でよくこのスコアが取れたな、と首をかしげたものですが、今回はリスニングの方がまだ良かった。リスニングは、問題を解く準備がしっかり出来ていれば8割は取れそう。パートによっては9割または満点。

あ、これアルクの究極模試の中の①だけやって喋ってます。これ、通常より若干易しいんだって。②が通常レベルらしい。だから640というスコアも・・・?

part1の写真を見て該当するステイトメントをマークする問題は、やっぱり一番易しい。でも、ときどき『そこかよっ』というところを言ってくるので要注意(笑)。part2は質問に対して答えを選ぶ問題だけど、質問の最初の単語WhatなのかWhenなのかWhereなのか、またはCan Iなんか、Would youなのか、そこを正確に聴き取ることが大事。これ普段の英会話でもそうだな。わたし、後半に気を取られて、『で、何を聞かれたんだっけ、結局?』というハメに陥ること多々。part3は会話文を聞いて答える問題。1つの会話に対して問題が3つ用意されているので、問題形式を把握していないとパニクります。臨戦態勢で次の会話を待っていたら、さっきの会話についてまた聞かれて、もうそんなの忘れちゃったよー的な(わたし、やりました)。このパートとpart4は、とにかく問題文と選択肢を前もって読んでおくこと。ざっとでもいいから読んでおくと全然違う。この問題集の使い方に基づいて、実は1回本番と同じ時間割で受けた後に、ゆっくりもう一度やってみたの。その差が一番大きかったのが、このパートです。問題と選択肢を把握していると、キャッチしなければいけない項目が分かっているから、正答率がぐっと上がります。余裕を持って会話を聴くことが出来て内容も聴き取りやすい。これが後手後手になると、非常にストレス。そのうち、あてずっぽうで解くことになる(苦笑)。

でも、問題文と選択肢を読む時間を作り出すことこそが難しいのだが。

リーディングに関しては、つくづく語彙力のなさを痛感。一番楽勝と思っていたpart5が一番苦しかった。選択肢に副詞が4つ並んでて、その副詞の意味が1つしか分からなかったら終わりじゃんね。全部副詞なだけに形で判断することも出来ないしさ。このパートが、2回目じっくり解いたときのスコアと、ほとんど差がなかったところ。

part6も基本的にはpart5と変わらないけど、文脈があるだけに少しマシな気はした。気のせいかもしれないけど。part7は長文です。リーディングのスピードアップだろうなぁ。。。訓練すれば、まだ上がると思う。

ということで、アルクの究極模試600問の冒頭に書かれていることを体感した模試でした(笑)。今回は対策するつもりなかったけど、リスニングに重点を置いて勉強した方がいいのかも。学生時代よりリスニング能力が上がったってことかしら。それとも、学生時代はそれこそ何の準備もしなかったからパニクって終わっただけなのかな。

あと3週間をきりました。なかなか、まとまった時間はとれないが、がんばります。なんせ最終目標は800点ですから(約1年後計画)。あ、ちなみに、2回目にじっくり解いたときのスコアが『本来の英語力がきちんと発揮できれば取得可能なスコア』ということなんだけれども、これは790点くらいだったわけ。すごいじゃん!と思うんだけど(リスニング問題のCDは何回聞き直しても可、笑)、これは同時に『今の英語力で取れるスコアの限界』なんだそうだ。おほほ、800点は遠いのぅ。

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はじめてのプレレッスン

週末。

はじめて本講座プレレッスンに参加しました。日本語教師養成講座の話。午前中の1時間半。なんせ講義を受けるなんて何年ぶり!ニコンのカメラ講座でさえ、2時間という長さにびびったというのに、これから週に1回、朝から晩まで缶詰になる1年です。心の準備が必要っ!!

というところで、本講座まで数回設けてもらえる、このプレレッスン、大いに有効かなーと思ったのですが、蓋を開けてみれば、生徒3人(わたし含)。とぉーってもアットホームな1時間半でした(笑)。講師は長束先生という女性の先生。わたしが本講座で通うことになる曜日を聞いて、『じゃ、これから会うかもしれないわねー』とのことでした。

よろしくおねがいします。

レッスン内容は広辞苑にまつわるエトセトラと言った感じで、プレということもあり先生も、興味を持ってもらえれば(興味があるから受けてるんだけれどもね、もちろん)、というフランクな講座でした。広辞苑に関するマメ知識とか(マメ言うなっ、笑)、改訂版による収録語の違いとか、和気あいあいとクイズ形式で楽しく。広辞苑って、言葉の意味を調べるものだと思ってたけど(いや、そうなんだけど)、流行や社会現象、世間を騒がせた事件などなど、すごく世の中を反映してるのね。それってすごく面白いなー、と思った。そして意外と、選定するしないの感覚が、わたしたち庶民と合致してる気がする。

三浦しをんの『舟を編む』を読んでみようかな、とちょっと思った。

それにしても、びっくりしたのが『なので』。接続詞としての『なので』で、これは第6版の選考から漏れたらしい。かくかくしかじか、なんとかです。なので、なになに・・・と言う使い方。これ正しくないよね。先生が『若者を中心に定着してきてるらしいのよね』というのを、わたしが開口一番『でも、わたしはちょっと違和感があるかな・・・。』と言ったの。言ったのに、その数分後、別の話題でわたし『なんとかだと思います。なので(?!)わたしは、なんちゃらかんちゃら。うわっ!わたし使ってるー!!』。。。

びっくりしたー。翌日も初対面の人と喋る機会が多かったんだけど、その中で『なので』を多用している自分を十分に自覚いたしました。しかも、どうやらわたしは、それを丁寧な言葉遣いとして話す傾向があるらしい(アパの人には『だからさ、』と言った)。あらあら。

さて、これから必須になるであろう国語辞典。なにを買えばいいのか先生に聞くことが出来たのでよかった。さすが、ずっと現役で教えてきた先生、当然のように『え?辞書って電子辞書でしょ?』と。わたしはそれも含めて迷ってたんだけど(笑)。ぶ厚い広辞苑(きっとexpensiveなのでしょう)をバシバシひかないとだめなのかなー、と思ってた。やっぱりちゃんと紙の辞書をどぉーんと揃えなさい、てことだろうなー、てね。でも先生、『その人のひきやすい辞書が一番よ。でも、あちこちで教えて回るとなると、やっぱりでかい辞書は持って歩けないものねー、電子辞書が良いんじゃないかしら。』とのことでした。なるほど、現実的に考えればその通りだわ。『でも、読み物として、わたしは毎回新しい広辞苑買って楽しんでるのよ。』。さすがっ!

ということで、とりあえずは電子辞書を本講座が始まるまでには買おうと決意。電子辞書を買うなら、絶対アクセント辞典が入るものにしなさい、とのことでした。単独で買うと高いんだって。それに『外国語やられるなら、なおさら電子辞書よね。』だって。

さて、一緒に受けた2人の女性ですが、とても気さくでinternationalな雰囲気を持つ方たちでした。30歳前後かな。。。どちらかと言えば前めだと思う。いやしかし、世の中には留学経験者のなんと多いことか。ひとりはオーストラリア、もうひとりは中国。そこで日本語を教えた経験があったり(そのときのあまりの教えられなさに愕然としたのが志望理由だって)、たくさん外国人の友達がいて、よく教えてって言われるから職業にしちゃおうかな、とか。おぉ、みんな、なるほどな理由だー。そこからするとわたし、いまだに自分の中でも動機を簡潔に説明出来ないのだが(笑)、おそらくモロッコで思ったことと日本語教師になりたいという夢との間にある微妙な隙間を、諸々の邪念が勢いで繋げちゃってる感じ。えへ

でも、ぜんぜんめげないもんねー。英語は現在わっしょいわっしょいと努力中だし、第二、第三(それは微妙)言語をマスターする気満々だし、海外在中経験はこれからつくる!というか、つくるために日本語教師になると言っても過言ではない。えっ

とにかく、一緒に頑張る仲間が出来たら、それはそれで最高だなー、と思ったことでした。でも彼女達と曜日は違うみたい。

海外留学者のなんと多いことか、というのは、なにもこの日の2人を指してだけ言っているのではなく、翌日の日曜日、国際交流イベントのボランティアスタッフミーティングに参加してきたの。友人に『ちえちゃんは0か100だよね』と言わしめたように、思い立つと止まらない性格で(0というのは、超個人的経済状況が思わしくない時期のことを言っていると思われる)、とにかく糧となりそうなもの、あちこちに顔を出す。この日はイベントのエンターテイメントを担当するチームの集まりでした。学生から社会人まで10人ほどが集まって、真っ白なプランの中、あーでもないこーでもないとディスカッションをしたり、意外にも楽しかった。ここで、チェコへ留学した経験を持つ女性や、仕事で中東を走り回る男性、海外でボランティア活動をしてきた学生などいろいろな人と会って、みんなすごいなー、と思ったのです。

こちらのボランティア活動も、なかなか面白いことになりそうです。

それにしてもこの2日間を通して、この引っ込み思案で人の話を聞く一方だったわたしが(大人数の前や、初対面の集まりなどはとくに)、先頭切って発言したり、話をまとめたり、そんなことが出来るようになっていたことに気付いた。知らなかったー(笑)。年を重ねていくって、こういうことなんだな。

そして、頑張っている英語ですが、はじめてEnglish cafeに参加。英語に長けた2人のおじさま達の優しいフォローや、フレンドリーできちんと全員に気を配ってくれる先生のお陰で楽しくお喋りできました。まだまだまだまだ、ですが、頭でっかちではなく、会話出来ることにしっかり目標を持って、これからもちょくちょく参加しようと思う。先生がアラビア語を操れる人だと知って、さらにテンションアップ中のわたしです。

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出たり入ったり出たり入ったり

よくもまぁ、あんなにLOVE DANCE!的なことを言っていて、こんなにも離れていられるもんだ。いないよ、そんな人、わたしの周りに(泣)。みんなけっこうストイック。

また出戻りレッスンでした。スタジオに行くの、5か月ぶりくらい。まさかのチケット有効期限危うし!という状況。お金が尽きるんだよね(苦笑)。とくに発表会の後などは、衣装なんかで意外と疲弊しているので、精も根も尽き果てて(お財布が)、パタリ、とスタジオから姿を消す。だいたい毎回のパターン。決して発表会荒らしなわけではない。NE-YOのPVに触発されて、もう限界まできていたところ。もし一つだけ、と言われたら絶対このレッスンと思っていたヒップホップジャズを受けてきました。

この先生、わたしが初めて発表会に出たときにお世話になった先生で、2年くらいはずっと教えてもらっていたんじゃないかな。その後、スケジュールが変わって受けられなくなって、先生がご結婚されて、と長い時間が空きましたが。スタジオに復活されたときから受けたい受けたいとずぅーっと思ってきた。

意を決して、昨日行ってきた。ほんとドキドキするんだよねー、なぜか。スタジオは何年通ってんだってくらい通いなれてるし、先生だってずっと受けてた先生なのに、なんで緊張するんだろ。スタジオ近くのカフェに入ってようやく、『いくらわたしでも、ここまで来たらもう帰らないもんね』と安堵する ←これまで何度も荷物抱えて出社してそのまま帰った人。 何人いるのかなー、知ってる人いるのかなーってドキドキしてたら、ほとんど知ってる人だった(笑)。以前、先生のレッスンで一緒だった友達、わたしにとって不動のレッスンである土曜のジャズを一緒に受けてる友達。スタジオ自体久々なので、行く先々で『あー!ひさしぶりー!!』とか『わー!最近どうしたのー?!』とか賑やか。ありがたし。先生も『うわぁー!きたー!びっくりしたー!!』と(笑)。

レッスンはきついです。これは自他共に認めるキツさです(笑)。とにかく先生のレッスンはアップがきつい。振り付けに入る頃にはヘロヘロ(笑)。以前はなかった腹筋なども入って、顔面蒼白のわたし。。。腹筋ついていけないよー(泣)。リズム取りも『じゃ、1曲がんばろうねー♪』と。太もも辛いから!太もも辛いから!でも、ある説によると(わたしの昔のヒップホップの先生)、リズム取りはリズムをバウンスさせていくんだから、筋肉が疲れるのはおかしい!ということです。いや、それは程度問題だと思うんだけど。。。ということで、振りに入る頃には太ももが笑ってる状態。振り入れは6エイト、早振り。

やっぱり数カ月の身体を動かさない生活が響いた。これは事実だわー。以前はそんなに影響しなかったんだけど。。。それと、太ったね、明らかに。体重は増えてないんだけど、見慣れたスタジオの鏡の前に立ってみて、すぐ思った。もともとふっくらちゃんだけど、ふっくらちゃんにはふっくらちゃんなりの基準があるのだ!さて、出来る出来ないは別として、この先生の振りはなぜか入りやすい。ガールズのレッスンで不思議に思ってたんだよね。もう年単位で受け続けたと思うんだけど、いまだに振りがなかなか入らない。すぐ飛ぶし(振りがね)。年かなー・・・と思ってたんだけど、昨日受けてみて、やっぱりモノによるのかな。先生によるのかな。そういうことあるみたい。振り数的には先生の方が入ってると思うんだけどなー。数年前、先生がお休みされている期間に、先生のワークショップがあったのね。そのとき、今でも覚えてるけど、任意で振りを抜かさないと付いていけなかったっていう(笑)。けっこうそのときダンス頑張ってたからショックだったけど、すごいウケた。そういえば、ジャズも振り入りやすいから、やっぱり若いときに数受けた先生のは覚えやすいのかも。もう一度言うけど、『覚えやすい』と『出来る』は別です。

とにかく!すっっっごく楽しかった!!自分の踊りに良いとこ無しだったけど、久々に燃えました。『遅いっ!』とか、『あんたたち研究心ゼロね!』とか檄を飛ばされたけど、昔、発表会の振り落としで先生が『1回で覚えてっ!』と怒鳴ったことを思い出した。ビビったと同時に唖然としたっけ(笑)。

こんな不真面目な生徒でも、きちんと覚えていてくれて迎えてくれる。昔は、なんだか気後れしてしまってちょっと怖かった先生だけど、ダンスだけではなく先生としてもプロフェッショナルなんだなーって尊敬しました。レッスン中に感じる鋭い目つき(これは昔からで、『先生カメレオンだからね、全部見えてるからね』ってよく言ってたっけ)、レッスンを引っ張っていく力、スピード感、圧倒的なパワー。最近、『先生』という存在を観察してしまうからかな。そんなことも感じたレッスンでした。

来週も絶対行く。

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張替についての下調べ

さて、いかほど掛かるのか調べてみた。

◎三味線亀屋(東京都世田谷区)
 最寄駅:小田急線豪徳寺
 表犬(上)12,500

◎下北沢大津(東京都世田谷区)
 最寄駅:井の頭線下北沢
 表犬(B)13,000

◎三味線かとう(東京都荒川区)
 最寄駅:千代田線町屋
 表犬(上)12,000

◎音福(東京都千代田区)
 最寄駅:半蔵門線神保町
 表犬(上)12,000

◎仁木三味線(横浜市保土ヶ谷区)
 最寄駅:JR横須賀線保土ヶ谷
 表犬(上)21,000
 表犬(標準)15,500

だいたい12,000円前後。思ったよりお手頃。三味線を分解する自信がないので(亀屋さんのHPに分解・梱包の仕方が載ってた)、出来れば持ち込みたいと思うと、この辺りかなと思います。調べ始めると、意外とキリがない。センスの良いHPを持っている大きなお店から、電話帳での記載しかないところまでいろいろ。どこがいいかなんて分からないので、値段と(安さよりも標準的な値段のところ)、あと場所かな、やっぱり。そう考えると、いつも糸や小物類を買うときに利用させてもらっている音福さんか、家に近い仁木三味線さんか、便利なのでときどき利用する、横浜駅ビルの志づかさんか(HPに詳細の記載がなかったけど、修理は受けてくれるみたい)。。。

でも、そうやって考えると、そんなに値段に差が無いなら音福さんにお願いしようかと思う。店主さん、いつも優しくて温かくて、とても信頼出来る気がするから。なんとなく津軽三味線のイメージが強いんだけど、大丈夫だよねー。だいたいにして、お稽古三味線だしなぁ(笑)。

ときどき張替セールのお葉書が来るんだけど、今度いつだろ。犬皮は論外かしら。。。ボーナスもらってみて、金欠の深刻さを再認識した今日この頃。

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love or lust

衝撃的。


平井堅『love or lust』

人々はわたしの話を聞くとまず、『なんでモロッコ?』と尋ねる。なんでと聞かれても困るんだけど、行きたいなーと思った過程を探っていくと、どうやらここに辿り着く。平井堅のPV『love or lust』。たぶん大学生くらいだと思う。どっかでこのPVを見て、風景に魅かれたのでした。ピンクの壁、迷宮、路地、異国情緒、そんなイメージ。『へー、モロッコかぁ。。。行ってみたいなー。』と思った。このときはモロッコがアフリカにあるということさえ知らなかった。なんとなく漠然と、西欧文化とイスラム文化のぶつかるところ(それってトルコかい?)って思ってたけど。ただ実際、おじさんがJICAでモロッコへ行っていたので、名前に馴染みはあったし、フランス語だということもなんとなく知ってた。

それから何十年。いや十数年。実現することになって、全員にもれなく『いやね、平井堅のPVに、モロッコで撮ったやつがあるんだよ。でね、その景色がすごく素敵でねー。でも、なぜか誰も知らないんだよね。』と説明した。そりゃ、誰も知らないはず。

このロケ地、モロッコじゃなくてメキシコだってーーー。

モロッコから帰ってきて1か月半が過ぎ、先週はじめて知った。あー、何人に嘘をついたんだろうか。ごめんなさい。モロッコじゃなった。メキシコだった。PV見て思ったんだよね。なんか違うなーって。頭の中にあったカラーとちょっと違ったし、民族衣装の人達が出てきた時点で、なんか違う!なんか違うかもっ!と思った。モロッコ全土を見たわけじゃないけど、あれはなんかモロッカンじゃない。ベルベルでもない。でもジュラバみたいの着た人が出てくるし、唐草文様みたいな窓格子もモロッコっぽいし。。。

ま、とにかく出発点からして間違ってたということで(笑)。

『いま素直に、目の前にあるもの、ひとつひとつ頑張ってこう、って思える』と書いたのもつかの間。あのときは明らかに目の前の仕事、設備設計の仕事が頭にあったのだが、その後2週間ほどでドタバタと180°転換してしまいました(笑)。モロッコで冗談混じりに言った『わたし日本語教師になるよ!』の台詞。こちらに帰ってきて、出発前からお世話になっていた英語の先生に『日本語教師になろうと思うの。で、モロッコに住むつもり!』と、これも冗談混じりに言って2人で笑った。まったくの思いつきだったし、突拍子もないこと言うの好きなの、わたし。でも、レッスンを終えてカフェを出てからずぅーっと頭に引っかかってた。たまたま本屋に寄った時は『なるにはブックス』を探してウロウロしたり(驚いたことに、いま『なるには』シリーズ売ってないんだよ!2、3軒見たけど置いてなかったもん!)、語学コーナーで日本語検定資格の本を眺めたり。なにかがムクムクと沸いてきて、なんだかワクワクする。ひさしぶりのこの感覚。

仕事そっちのけでWebの情報を漁り、役立ちそうなサイトやスクールHPをピックアップ。片っ端から資料請求して。。。

決めちゃいました、日本語教師講座。

片っ端から資料請求した割には、最初にカウンセリングを受けた某H.Aに1発で決めちゃった。CADオペ時代からずっと存在は知っていて、高いかもしれないが内容に間違いはないだろうという安心感がひとつ。担当の方の『講座を修めるのに、大手の方が良いんですよ。』という意見に納得。要するにネームバリューですね。なるほど。やみくもに『検定資格取りなさい!』というのではなく、『学士があるなら特に必要ないですよ。教師になってからおいおい取ってもいいんじゃないですか?』と言ってくれたこともひとつ。自分が学士を持っていることに初めて(?)気付いた。設計職(理系)の中にポツンといて、ここ数年ずっと劣等感しか味わっていなかったもんで、妙に嬉しかった(笑)。そして、学士と言えども意外とアドバンテージであることも分かって、このときほど両親に感謝したことはない(笑)。そして講師のほとんどは教授職、研究職レベルであるために、就職学校的な内容と言うよりもアカデミックな、どちらかと言えば大学に近い講義内容であるということ。というようなこと言っていた気がするけど。わたしはそういう風に理解したけれども、なんかワクワクした。

要するに営業トークに絡めとられたと言えなくもない状況ですが、働きながら1年3か月で修了するには、ここじゃないとスケジュールが合わなそうだったんだもん。だから間違ってないもん。

心にあるのは、英語とフランス語とアラビア語と日本語と、いろんな言語を操って(操ってたのは相手であって、わたしではないが)お喋りした、あの時間。今まで信じられないほど高かった言語間の垣根が、すごく低く感じた。こんなにも行き来自由なものなんだって、モロッコの人達が思わせてくれた。それがなんで『日本語教師になりたい!』に繋がるのか、自分でもよく分からないけど(いくらか邪念が含まれてる気がしないでもない)、英語が全てではないということ。世界には英語が出来てもまったく意味をなさない国がたくさんあるということ。日本語もアラビア語も美しい言語であるということ。そして、言語は所詮、言語であるということ。コミュニケーションのためのツールであって、何も恐れることはない。完璧に喋れなくたって大丈夫。ニュースが聞き取れなくたって大丈夫。相手がきちんと自分にペースを合わせてくれる、そこからで十分なのだ。喋ったもん勝ち、交流したもん勝ち、友達になったもん勝ち、である。なんかそんなようなことがやりたい。自分も含めて、そんなようなことをやりたい。

あ、最初はAzizの話を聞いて、日本語を学びたいのに学ぶ場が少ないという人達のところに行きたい、と思ったんだったっけ(笑)。

とにかく、夢をもつこと。未来を描くこと。いまのわたしを支えているのは、学生のころに耳タコだったような、そんなものたちです。『ようやく、あるべきところに戻って来たんじゃないの?』と母に言われたけど、ほんとそんな感覚。夢も向上心も有り余るほどもっていた学生時代から、いろいろ経験して一回りしてきた感じ。あの頃を違うのは『自分はけっこう意思も弱く、挫折しがちな人間である。』と認識出来ていること(笑)。だから今回も『いつまで続くかね~』とニヤニヤしながら眺めている自分もいるわけで、なんとも頼りない話(笑)。あの頃まったく聞き流していた『love or lust』の歌詞の意味を、いまは実感と共に理解してしまうあたり、ほんとにいろんなことがあったんだなー、としみじみしてしまうけれども、それもまたよし。

日本語教師になりたいと思った理由を綴ってみました。

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一人黒塚

邦さんの1人ライブ第4弾。どうやら、第1弾の勧進帳以来、2段目の靭猿、3段目の佐倉義民伝(2段目と3段目は逆かも)とあって、いちいち感動したのに書いてないみたい。

六本木のDOSホールに行くのは久しぶり。ここ数日の殺人的な暑さでヘロヘロと辿り着くと、いらっしゃいませとお茶を1杯いただきました。邦さん社中は、いつもこういう心遣い。そしてお弟子さん達がよく働く。楽しそうに働いてる。いいなぁー、素敵だなぁー、と思います。

はじめに30分ほど、季節を意識されてか浴衣姿の邦さんがお扇子片手に『黒塚』の説明をしてくださいました。こういうの初めて。いつも最初っから裃だし、いつも最初は題材に絡めた三味線を軽く弾いてくれる。後半の『黒塚』本番では空調機も切るということで、もしかしてすごい気合が入っていたのかもしれません。とにかく、黒塚の説明は面白かった。いつもの爆笑トークの面白さではなくて、シンプルにストーリーに惹き込まれました。ときどき声色も使って説明してくれる邦さん、お話屋のおじさんみたい(笑)。黒塚は、今月の猿之助(と猿翁、中車)襲名公演(と団子くん初お目見公演)で初めて観ました。どの説明を読んでも、どのインタビューを読んでも、みなさん『曲が素晴らしい!』と言ってる。が、正直なところ、公演ではその素晴らしさを感じなかった。というところにもってきて、邦さんの一人黒塚。

前半で邦さんが、唄の歌詞と、その意味というか情景というかを説明してくれたし、やっぱり公演を観ていたお陰もある。侘しいススキ野原の情景や、月の光が反射して輝く様子、糸車のなんとも・・・言葉が見つかりません・・・しっくりくる感じ(?)とか、ぶわーって浮かんで、とても素敵でした。三味線1丁と唄だけというシンプルさが、より濃く浮かび上がらせるのかもしれない。そして、やっぱり年の功でしょうか(笑)。岩手がすぅーっと入ってきた気がする。

逃げてきた強力が(太郎っていうんだって。やっぱり筋書などの文字で見るよりも、耳で聞いた方が覚えるんだよねぇ)岩手とぶつかって、寝屋を覗いたことがバレるところ。これ、すっごい怖かった。一番前で観てたんだよね。射すくめられるとは、こういうことかな。鬼婆となった邦さん、すごい迫力。前半で『10mくらいある鬼だと思ってください。人間なんて一口でパクっといっちゃうような。』という説明があったんだけど、それに勝るとも劣らない大音量。声も三味線も。いやー、こわかった。

あらためて、凄い方だなと思ったことでした。

その日の夜。バシっという物凄い音で目を覚ました。あー、この音は三味線だな。糸が切れたかなー、2の糸かな、1の糸かな(3は既に切れてる)。。。と思ってそのまま寝入った。

ことを翌日、勉強してる最中にふと思い出した。あ、そう言えばと三味線を振り返る。でも糸、切れてない。あれー、三味線じゃなかったのかな。じゃ、なんだろ、何か壊れたか!と周りを見回したけど異常なし。

・・・。

勉強再開。でもまた少しして気になって、もう一度三味線を振り返る。やっぱり切れてない。何かの拍子に、テーブルで隠れていた三味線全体像が目に入った。

Img_8990
shockshockshockーーーっ!?

この経済状況の厳しい昨今。神様なにゆえ?わたしに三味線を弾くなと言いなさるか!

友よ、三味線再開は延期となる模様。

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モロッコ旅日記-最終回

マラケシュとエッサウィラは驚くほど気温が違います。バスで3、4時間とは思えない。マラケシュではタンクトップ1枚でもうんざりするほどの暑さでしたが、エッサウィラに到着した日、タンクトップに薄手のもの(超薄手だけど)を1枚はおってても寒かった!気温も低いんだけど、とにかく風が強い。リヤドでウェルカムティーをいただきながら、メディナの歩き方を教えてもらって外に出ました。観光の中心地、ムーレイ・エル・ハッサン広場までは歩いて数分。今度は迷わないように、しっかり目印を覚えながら歩く(笑)。

エッサウィラは小さな町です。ヨーロッパの可愛らしい漁村を思わせる。シャウエンじゃないけど、全体的に青と白、水色とグレーホワイト、そんな雰囲気です。モロッコって、本当に色遣いがとってもきれい。何気ないタイルや家具もそうだし、『街によってカラーが異なる』っていうのが、文字通りなんだよね。ほんと、そう。そこもモロッコの好きなところ。

はじめの半日を一緒に過ごしてくれた、カフェ・レストランの店主。ちょこちょこと嬉しそうに動き回る姿に(31歳)、半ばあきれ、でも半ば可愛くて(笑)、翌朝一緒に散歩した、二日酔いだという青年は英語がうまかった。モロッコでは珍しいくらいに発音がネイティブっぽかった。ラマダンに備えて、たらふくアルコールを摂取しているらしい(笑)。cafe picassoのお兄さんとはしょっちゅう会った(笑)。なかなかcrazyなお兄さんで、彼の働くcafeで炭火焼のお魚を食べたし、海辺のバーで一緒にビールも飲んだ。『33歳っていうのは、3が二つ重なってるから、特別な歳なんだよ。ここからぐっと変われるよ。』なんて素敵な話をしてくれたっけ(笑)。

でもエッサウィラ2日目に会った2人がとても印象に残ってる。

エッサウィラのチケットが往復オープンチケットだったので、予約を取りにCTMバスターミナルへ行くことにしました。2日目午後の話。『日本人?日本語教えてほしんだ。』という青年あり。こっちこっち、と入っていくのは洋服屋さん。シャウエンでもそうだったけど、たいていみんな、自分の持ち場を離れてるんだよね(笑)。ノートとペンを出して、『綺麗な街って、なんて言うの?』とか、『風が強いって、なんて言うの?』とか、わたしの日本語の発音を注意深く聞いて、アラビア語で書き留めていく。代わりにわたしもフランス語を教えてもらう。彼の口元をしっかり見て発音を真似てみるんだけど、耳からって難しい。でも楽しいっ。彼は日本語の音が美しいから好きだと言ってくれた。とても嬉しかった。そんな風に興味を持ってくれる人もいるんだって、とても嬉しかったの。彼の優しくておっとりとした喋り方、わたしの話をじっと聞いて、ゆっくりと答えてくれる様子、今までになくとても信頼できる感じがしたんだよね(笑)、楽しかったというか、また会いたくなったというか。『バスターミナルから戻ったら一緒にお茶を飲もうよ』という彼の言葉に甘えてしまいました。店先でミントティーをご馳走になりながらのお喋りの時間が、とても穏やかで楽しかった。なにかお返しが出来ないかと思うくらい楽しかった。なにも出来なかったんだよね。日本語が好きだと言ってくれる彼に、赤本をプレゼントしようかと思ったけど、これは日本語からアラビア語だから彼の役には立たないし。

picassoのお兄さんとビールを飲んでの帰り道。バッグ屋さんの兄弟に声を掛けられた。とにかくお茶だけでも飲んで行けと言う。たくさんのバッグや皮製の座布団、と言っていいのか・・・モロッコではポピュラーなものなんだけど、そういうものが並んだ店内は観光客向けっぽいのに(洋服屋さんは完全に地元の人用だったので)、座布団(?)をすすめてくれて、お茶の準備をしてくれるお兄ちゃん、商品には目もくれず。結局最後まで友人として扱ってくれました。このアフリカ人の兄弟(モロッコ人はいろんなルーツを持つ人がいるので、ときどき、というかほとんどアフリカにいるということを忘れてる)、穏やかで笑顔が素敵なお兄ちゃんと、『mamma Africa』が口癖の陽気な弟くん。『mamma Africa』って、it's so nice とか、sounds good とか、そんな意味なんだって。このあっかるい弟くんとのお喋りもテンション高くて楽しかったけど、お兄ちゃんの笑顔に惚れました(笑)。途中で『ちょっとモスクに行ってくるから待ってて!』って、たぶんお祈りに行ったんじゃないかと思うんだけど、帰りに連れてきた近所のちっちゃな女の子がまた、すっっっごい可愛かった!女性となかなか関われない=ちっちゃな子供と関わる機会もあまりなかったので、この懐っこい子がほんとに可愛くて。賑やかで楽しい時間でした。夜に楽器を演奏するから聴きにおいでよ、という誘いを断ったのが痛恨であります。夜のお誘いは断る癖がついてしまっていて。。。これは行けばよかったなぁ。しくしく

『でも気が向いたらおいでよ。イッシャァラ。』と別れ際にお兄ちゃん。この『イッシャァラ』。正確にカタカナ表記(なんだそりゃ?)すれば『インシャ アッラー』となるのかな。神の御心のままに、とか、神の思し召しならばとか、そういう意味なんだって。これはリヤドの男の子が言ってた。彼も、お兄ちゃんも、そう言えばAzizもよく使ってたな、この言葉。ペラペラと英語で喋ってるのに、ここだけさらっとアラビア語。イスラム教徒じゃないけど、なんとなく好き、この言葉。

リヤドに帰って玄関の鍵に苦戦していると(モロッコの鍵は難しいのだ!House13でも必ず内側の誰かにお世話になりました)、『右に2回だよ。いやいや違うよ、もう一回もとに戻して。。。チー?』←昨日も開けられなくてガチャガチャやってた人 とリヤドのスタッフ。昨夜ミントティーでお喋りしてるときに、『明日ぼくが一日案内してあげるよ』と約束していたのを、わたしがすっぽかしまして(いや、迎えに来るのを待ち切れずに。ちゃんと他のスタッフに伝言をお願いしたのよ!)、玄関が開いた途端あやまる2人(笑)。そのお詫びにワインを用意して待っていてくれたらしい。でも、わたしが怒ってないとわかったからか、『一日中探したんだよ。ビーチにも行ったし、昨日行くって言ってたからpicassoにも行ってみた。場所が分からないから人に聞いて行ってみたんだから。』と結局わたしが怒られた。

エッサウィラのナンパ率高し、と言ったけれども、思い返してみればみんな、穏やかで控えめな人達だった。アルガンオイルの生産地でもあるわけだし(買ってきて使ってるけど、良いような気がするのよ!)、まだまだ町自体を全然楽しんでいないので、また行きたい。海辺やカフェでゆっくり読書とかしたいのよ、わたしは!

早く出たつもりなのに、マラケシュでは少し休息したら屋台が並ぶ時間になってました。他を探す気力もなくHouse13に戻ったわたし。他の女の子と3人でフナ広場4番屋台で夕ごはん。帰りにはじめてモロッカンお菓子を買ってみて、3人でtea time。どうせねー、と言いながら食べたお菓子、なかなか普通に美味しかった←失礼 友達の部屋でお茶してるみたいで、なんだか可笑しかった。そんな穏やかな最終日を過ごして、翌日帰途についたのでした。あ、穏やかと言っても、バスセンターからHouse13まで帰ってくるタクシーで、またひと騒ぎしたんだけどさ(笑)。大通りでタクシーつかまえるのって、けっこう難しくって、やっぱり人に助けられて、乗ったら乗ったでドライバーさん(speaking only French)は、もちろん地図読めないし、あっちこっちで人に聞いて、そのたびにアラビア語とフランス語と英語が飛び交う。あぁ、賑やか。

帰りの飛行機はRashidがいないから辛かった(笑)。でも、カサブランカからドバイまで隣だった男性が、しょっちゅう仕事で中国に行くみたいで、CAとも顔見知り。お陰で、素敵なカップでコーヒーが出たり、GODIVAのチョコレートをくれたり、わたしまで一緒に暖かいサービス受けることが出来ました。お礼とさよならを言いたかったけど、トランジットではぐれてしまって心残り。最後に出会ったモロッコ人でした。

寝不足と治らないお腹のせいか、まだ帰りたくない!という気持ちにはならなかった。とにかくラーメンが食べたくて食べたくて。はじめて最寄り駅の近くでラーメン屋さんに入りました。祝1人ラーメン!だったの、わたしの。モロッコでは、やってはいけないと言われたこと、全てやった気がする。心の底から幸せに思ったり、感動したり、涙が出るくらい頭に来たり、感情もピンからキリまで経験したし、お腹こわしたのもはじめて、こんなにヘロヘロになった旅もはじめて。そして、こんなに自分を救った旅もはじめてだし、こんなに自分を変えた旅もはじめて。大袈裟ではなくて、本当にそう思う。なんでかは分からない、たぶん、旅することに必死だったからじゃないかな(笑)。あとは出会った人々のパワー。

実際、ずっとトンネルの中だなー、とは思ってた。光が見えないなー、でもいつかは抜けるんだよなって。文字通り、ほんとに光が見えてなかったんだな、といま思う。未来を夢見る力がこんなにも自分を支えるんだってことがわかった。小さい頃からずぅーっと夢見っぱなしだったから知らなかったらしい(笑)。ここ数年、いろいろ揉まれて大人になったつもりでいて、自分がまったく夢を描けなくなっていたことに気付かなかった。結果いつのまにか、自分が幸せと思う人生ではなく、世間が幸せと思う人生を必死に求めていた気がする。まだ隠居するには早いぜよ、そんな感じかしら(笑)。『あのねー、また思い付いちゃったんだけど・・・、絶対呆れると思うんだよね。』と言い渋るわたしに母、『もう何度も呆れてるから大丈夫よ(笑)。あんたの人生だ、思ったように生きたらいい!』。この家に生まれてよかった。モロッコに行ってよかった。ここが自分の分岐点だったって振り返れたらいいな。おしまい。

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come to Morroco again!

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モロッコ旅日記⑳

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beach of Essaouira. drinking Beer!

ESSAOUIRA from June 4 to 6
何を隠そう、エッサウィラでの写真はこの1枚きり。2泊3日したにも関わらず、素敵な被写体に溢れた町だったにも関わらず。それは、旅も終盤になってニコンが重くてかなわなかった(笑)せいが大きく、2週間の旅の間に『もういいや。身軽に気ままに歩きたい。』と思っちゃったわけで(結局旅が好きなわけで、カメラが好きなわけじゃないらしい)。それに、エッサウィラでは歩いている間、常に隣に人がいる状態だったので喋ってばかりで撮る暇がなかったということもある。マラケシュならともかく、エッサウィラにそういうイメージはなかったんだけど、かなりのナンパ率であります。お陰で、エッサウィラと言われて思い出すのは、海辺の町の風景でもなく、カスバの風景でもなく、青いボート(よく写真をみかけます)でもなく、海の幸でもなく、人の顔(笑)。

それでも写真を撮らないつもりはなくって、ずるずると『3日目はゆっくりマラケシュに戻るから、写真はその日に撮ろう』なぁんて考えていたら、2日目の夜、モロッコ旅中最高にブチ切れる結果となりまして、3日目は写真~♪なんて心境ではなく、朝リヤドを出ると、鼻息も荒くマラケシュ行きのバスに乗り込んだわけなので(笑)。。。怒り心頭で出発を待つバスの中で涙もこぼれんばかりでしたが、驚いたことに、怒りの矛先の張本人がバスセンターまでわたしを探しに来たところを見つけて、不覚にも『ま、いっか(笑)』という気分になりました(単純)。ということで、エッサウィラには特別な想いを抱いておりますが、たぶん書くことは少ない(笑)。しかも出会った人のことばっかりだと思う。

マラケシュ4日目の朝、House13のスタッフさんと同宿だったお姉さんに見送られてエッサウィラへ出発。いよいよ自力での都市移動です。これが何から何まで上手く運ばなくって(笑)、バスセンターまでタクシーに乗れば、違うバスセンターで降ろされるし、やっとこさバスに乗り込めばオイル漏れだかなんだかでバスセンターから出ることさえかなわず、別のバスに乗り換えてエッサウィラに着いて、リヤドに電話を入れたんだけど通じない(モロッコではアクセスが分かりづらいリヤドが多いので、迎えに来てもらうことも多い)。まぁ、こんな風にアクシデントだらけの旅というのも、わたしにはないこと。

でも、House13を出てタクシーをつかまえようとしているときに、カサブランカ以来はじめて(ハマムは別)女性に声を掛けられたっ!向こうから『タクシーに乗るの?ここで待ってれば大丈夫よ。』と言ってくれて、しかもタクシーをつかまえてくれたの。タクシー乗るの初めてだったし、ドライバーさんのほとんどが英語を話さない。ということに、これ以降気が付くんだけど。そのドライバーさんと話を付けてくれた(ちなみに相乗り)。モロッコの女性はなぜ全く声を掛けてくれないのか。慣習的なものなのか、宗教的なものなのか、言葉の問題なのか、とよく旅行者の間でも話になったけど、こっちに戻ってきてみて思った。旅人と見れば無節操に声を掛けて来る(笑)モロッコ男性の方が、日本人の感覚からしたら不思議なのでした。わたしだって、よっぽど困ってると確信しない限り、声なんて掛けないもんな。とにかく、その明るい笑顔の彼女の優しさがありがたかったし、嬉しかったし、貴重でした。

自分でチケットを買いに行ったので、降ろされる前に『ここ違うな』と気付いた。何でも自分でやること、これ大事(代行してくれるサービスもあるんだけどね)。ちなみにやっぱり地図は役に立たない。はじめに地図を見せて納得してもらったつもりだったんだけど。そもそもわたしが、CTMバスターミナルが2つあるなんて知らなかった。出発時間も迫ってるし、さすがにこれ以上フランス語のドライバーさんとやりとりすることは断念。シュクランと言って降りると、すぐに別のタクシーを探しました。ありがたいことに英語が話せるタクシードライバーがいたっ!事情を説明するとすぐに分かってくれて、無事昨日わたしがチケットを買ったバスセンターまで送り届けてくれました。笑えることに、バスセンターに無事着いたものの、わたし、乗り場をまったく勘違いしていて危うく乗り遅れるところだった。大通り側にバスが来るんだと思っていたのよ。だって停留所があるんだもん。そしたらバスセンターの中を突っ切って反対側に長距離用のバスプールがあったのね。昨日チケットをお世話してくれたおじさんが、わたしを見つけて連れて行ってくれたの。ほんとありがたい。よく見つけたもんだ。

バスが動き出していよいよエッサウィラ!と思いきや、バスプールを出る寸前のところでストップ。なにかあったらしいが、そのうち動くだろうと思ってたんだけど、まったく気配なし。乗客も外に出たり入ったり、お菓子や水などを売りに来る人達も出たり入ったり。一向に動かない。エアコンが切られているのか、走ってないから風が入ってこないのか(天窓にペットボトルが突っ込まれて開いてる状態)、暑さに耐えきれずわたしも外に出てみた。乗客も乗客じゃない人も、バスのお尻をうんざりと眺めてる。なにやらオイル漏れらしい。

そのうち動くだろうという予想も空しく、1時間以上待った挙句、結局バスを乗り換えることに。モロッコのことだから、またチケット代取られるんじゃ・・・←失礼 と思ったけど大丈夫だった(笑)。このアクシデントのお陰で、エッサウィラ出身のお兄さんと道中を共にすることが出来た。『オイル漏れらしいよ』と教えてくれたのが彼で、バスを乗り換えるときもリードしてくれたり、隣に座って通り過ぎる町々のことを教えてくれたり、姪のことを嬉しそうに話してくれたり。フェズのMohamedに続くジェントルマンでした。あまりのジェントルマンぶりに、安心しきって、途中寝てしまった。彼は、わたしが降りる終点から1つ、2つ前の停留所で降りていきました。きみは終点まで乗っていて大丈夫だよ、Have a nice day!と優しい言葉を残して。

マラケシュからエッサウィラまで3時間から4時間くらい。出発が遅れたので、着いたのは夕方近く。リヤドからのお迎え呼ぶべく電話するも通じない。この、やることなすこと躓く自分にあきれるやら笑えるやら。

いろいろやりました。割愛。

最終的には、supuratoursのバスセンターまで行って、そこのスタッフの女性に電話を掛けてもらった。繋がったんだよねー、なんで?

ほんとにようやくようやく、2泊滞在予定のリヤドに到着。マラケシュに続き自分で選んだ2軒目のリヤド、Dar Assalama。リヤドとしては安いほうだと思うけど、シンプルで落ち着いた部屋も素敵だし、ラウンジも素敵。夜は、キャンドルとランプだけの灯りの中、暖炉に火を入れて、その前でミントティーや、2日目の夜なんてワインまで用意してくれていて、遅くまでお喋り。あまりに素敵で歓声をあげてしまったくらい。朝は海を見渡せるルーフテラスでモロッカンブレックファスト。リヤドに泊ってみたいけど、出来るだけ安いところいい!と探したのに、こんなに優雅で素敵でした。

スタッフは3人しかいないんですって!しかも、みんな若い。これにはびっくり。部屋から降りて行くと、必ず誰かしら笑顔で待ち構えていて世話を焼いてくれる、そんなホスピタリティ溢れるリヤドでした。

さて、写真も尽きたことだし、いい加減旅も終えたいと思う。つづく。

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モロッコ旅日記⑲

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morrocan breakfast in Jardin Majorelie

3日目。一日マラケシュにいた日。朝から動いて昼はHouse13に避難して、夕方6時にHouse13おすすめのハマムを予約。その後フナ広場で夕飯を食べようという計画。

まずは翌日に乗るエッサウィラ行きのバスチケットを予約がてら、マジョレル庭園で朝ごはんを食べようと、8時頃出発。行き方は同宿の旅人に確認済みだし、一旦メディナから外に出たら、あとは外壁に沿って大通りを歩いて行くだけなので、とくに迷うこともなかった。ただし思ったより遠かった。歩いているうちに暑くなってきて、ここかなー・・・と辿り着いたころにはヘロヘロ。そこにすかさずおじさん登場。『どこ行くの?バスに乗るの?』。彼のお陰ですんなりチケットが取れたんだけど、どうやらわたし、このバスセンター自体がsupratoursだと思ってたフシがある。

supratoursというのは長距離バス会社のひとつなんだけど、モロッコには民間バス、国営バスなどの種類があり、おおまかには民間は料金が安く、国営は設備が良くきれい、という感じらしい。その中でsupratoursというのは国営なんだけど、旅行者の間では『とにかくこれに乗っとけば間違いなし!』といった感があって、自他共(モロッコ人外国人共)に認めるマストなバスなのであります。わたしももれなく、これに乗りたかった。でも、そのおじさん、supratoursのおじさんじゃなかったんだよねぇ。別の国営バスチケットだと気付いたのは、翌朝エッサウィラへ出発する前にアスーさんとバスの話をしていたときなんだけど(笑)。

そんな感じで、全てにおいて計画通りに行かない、この旅(笑)。自分の間違い、自分の勘違い、意表をつく相手の言動、結果いまだにどうしてそうなったのか分からないこと、などなど。『おいおい、またかよ。勘弁してくれ。』と何回呟いたことか。でも、全体的に大きな目で眺めると、うまくいってんだよね、なんだかんだ言って。

チケットのお世話をしてくれたおじさんに、マジョレル庭園への行き方を教えてもらい『Have a nice day!』とバスセンターを後にする。すんなりチケットが手に入ったのでご機嫌ご機嫌。

マジョレル庭園は、イヴサン・ローランの別荘のようなものだと思うんだけど、とてもビビッドな色遣いのオブジェや噴水、池、噴水などがある庭園で、彼にまつわる展示や、ギャラリーなどもある観光スポットです。早い話が、わたしはあまり興味がなく、興味があったのは、こっち。

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morrocan crapes with butter, honey, something like oil, yogrut, orange juice, cafe au lait....

庭園内におしゃれで涼しげなカフェがあるので、そこで優雅に朝ごはんなんていいかも!って読み漁ったモロッコ案内本の中に書いてあったので、それをそのまま実行したわけです。なにより『涼しげな』、これ大事。

朝食メニューは、モロッコ式と欧米式の2種類(わたしはモロッカン)。なにもかも素敵でした。器もセッティングも素敵、静かだし、涼しいし、店員さんも親切だし、おいしいし。本を読みながら、ほんとに優雅な時間を過ごすことができた。おすすめ。入った時は誰もいなかったんだけど、1時間するかしないかで、観光客がわいわい入って来たので、朝早くて正解。

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庭園内を散策して歩く。素敵な写真を撮れそうなところはたくさんあったので、写真目的なら朝早く行くのが◎(わたしみたいに一目散にカフェに入るのではなく)。

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I hope you become happy!よ

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road signs. I like the morrocan use of color.

バスセンターまで来た道を戻り、近くの門からメディナに入って、ベン・ユーセフ神学校やマラケシュ博物館など、有名なイスラム建築を見て帰るつもりが見事に迷いました。声を掛けてきた男の子に道を聞いたんだけどうまく通じず、しょうがないので最後の手段、フナ広場への戻り方を教えてもらう。たどり着けなかったこれらの建築物。マラケシュで出来なかったことその②です。この後、連れてってあげるよと追いかけてきた、さっき道を教えてくれた男の子が、スタンド・バイ・ミーに出て来るリバー・フェニックスを21才にしたような可愛い顔して痴漢行為にはしったり、わざわざ遠回りしようとするので頭にきて言い合いになったり(こういうときは方向感覚が冴えるのよねぇ)、フナ広場でR.Kellyと会って『君の予約したハマムは高いよ。』と進言されたり、House13で置いてあった『アルケミスト』の翻訳版を読んで、日本語で読んでも意味が理解できないことを発見したり(今回の旅の友は『アルケミスト』の英語版←英語漬けにして頭を英語回路にしてしまおうという魂胆。ただし実績なし。)、昼寝をしたりとあって、ハマムの時間を迎えたわけです。

ハマムというのは、モロッコの銭湯のようなもの。銭湯といっても、富士山に浴槽ではなく、蒸し風呂。下着は脱がないとか、必要なハマムグッズだとか、いろいろやり方がある上に、ローカルハマムはほぼ英語が通じないと思われるので、なかなかの勇気が必要(わたしには)。ということで、わたしは垢すりとマッサージがつく、たしか200DHくらいのコースにしました。R.Kellyの言う通り高いんだけど、House13の旅人御用達で予約までしてくれるので楽ちん。地元の人が通うローカルハマムだけではなく、こういう観光客向けの高級ハマムもあるのです。

シャワーを浴びて、ハマムに入って、泥みたいなのを塗りたくられて垢すりされて、またハマムに入って、水を掛けられて、シャワー浴びてシャンプーして、ガウン着て寝っ転がってお茶飲んで、最後にオイルマッサージ。全部で1時間半ほど。お世話してくれるおばちゃんたちはみんなフランス語なので、多少右往左往することもあったけど、あちらから『マダァーム』、こちらから『マダァーム』と呼ばれて、ちょっと優雅(笑)。ま、やっぱりあちこちで、シャワーが止まんない!とか、ロッカーの鍵がない!とか(これはわたしのせいじゃない)、手を焼かせながらの1時間半でしたが、垢すりが一番気持ちよかったかなー!!

オイルで顔をテカテカさせたまま、フナ広場へ。今度こそHouse13で教えてもらった美味しい屋台に入るぞっ、と気合十分。客引きをもろともせず、『また会ったね!!』と寄ってきた自称日本語勉強中の男の子ももろともせず、『4番、4番。。。』と探し歩き、見つけました。No.4の札が風に揺れてる。料理をする台の周り三方にベンチとカウンターを配しただけの小さな屋台。美味しい屋台は、どうやら小さいらしいよっ。

いい加減な返事しか返さず、ほぼ無視状態におかれていた男の子も隣に座る。自分は食べないと言いながらも、テーブルにランチョンマット代わりに置いてくれる紙が風で飛びそうになれば、何か重しをくれと言ってくれるし、水が飲みたいと言えば、水を注文してくれるし、考えたら初めて会った時にオレンジジュース(これもフナ広場名物)を奢ってくれたんだから、なにか彼のために注文すればよかった、と今書きながら思う。けど、『食べる?』って勧めた時も、要らないって言ってたから、きっとお腹空いてなかったのかな。←いつもくっついてくるもんだから、あまり気にしてなかった。

頼んだのは、タンジーヤとアジのフライみたいなやつ。これがほんとに美味しかった!タンジーヤっていうのは、牛筋煮込みみたいなもの。美味しかったなー、ペロリと食べてしまいました。パンも出してくれて、ペットボトルの水ももらって、50DHいかないくらい。安い。初日の屋台の半分です。美味しさは倍だけど(笑)!この屋台のおやじかと思われるおじさんは英語が通じます。お会計で(これも男の子がお願いしてくれたんだけど)、わたしはそういうもんだと思っておつりからチップを払ったんだけど(なんせ、初日に当然のように要求されたので)、『ここは4番だからね!また来て!』とすごく喜んでくれて、わたしも美味しかったし安かったしでテンションあがってたので『Of course!I remember here!』と。たぶんそう答えたけど、変な英語だったな(笑)。まぁ、いいや。で、ここは後日、エッサウィラから帰って来た日に、ほんとにまた寄りました。その時はHouse13で(また泊った)一緒になった女の子と3人で来たんだけど、このおじさんが『Hey!』と親しげに挨拶しに来てくれて、でも彼がカジュアルな服装だったもんで(普段は白い割烹着みたいなのに白い帽子を被ってる。あ、和食職人みたいだわ)、握手しながら『誰だ?』と思ったんだけど(笑)、彼が屋台の内側に入った姿を見て思い出しました。2、3日空いたにも関わらず覚えていてくれて、終始良くしてくれました。もちろん帰りはまたチップを渡しました。こういう、お互いに気持良い、わたしは感謝の気持ちを載せるし、彼はわたしが喜んだことが分かるし、そういうことがチップなのかな、と。

日本人は気が弱いからチップをぼられる、というイメージは双方に、少なくても日本人旅行者の間にはあって、そうはさせるか的な、雰囲気が旅人の中になくもないんだけど。実際わたし、チップぼられてるし(笑)。ただモロッコにチップの慣習があるのは事実で、もちろん地元の人たちもそれに則って生活してる。難しいラインだよね、たしかに損はしたくないし、実際限られたお金で旅してる人もたくさんいるわけで(旅してる時点でお金はあるじゃない、と言われても、実際お金を数えながら旅してる身としては、それとこれとはちょっと違う気はする)。でもやっぱり、基本は『郷に入れば郷に従え』なんだと、わたしは思ってます。ある宿のスタッフの女の子から、こんな話をしてもらいました。

彼女が最初にモロッコを旅したとき、みんな良い人そうに見えるのに(その子は『田舎出身だから、疑うこと知らないのよ』と笑ってたけど)、この人もあの人も疑わなきゃいけない。←個人で旅してると多かれ少なかれ一度はたぶんそう思う それに疲れてしまって、モロッコって嫌な国だなぁ。。。と思ったんだって。わかるわかる!でもある時、『もういいや。騙されたっていいや。疑いながら旅して疲れるより、信じて騙された方がいい!』って思って、その時から旅が楽しくなって、モロッコが好きになった。

と。その話、妙に印象に残ってて、共感したんだよね、きっと。それでも黒白つかなことはいっぱいあって、この人大丈夫なんだろうか、とか、ちくしょー!ふざけんな!ぼったくり過ぎだろ、とか、信じて騙されてブチ切れる、と言ったこともありますが(笑)、はなから地元の慣習を無視した、相場を無視したやり方はどうかな、と思った。旅行者だからいいじゃん、では元も子もないよね。モロッコという国を体感したくて来てるのに、地元の人と交流したくて来てるのに。なんか寂しいなと思う。土台、旅行者であり外の人間なんだから、うまく立ち回れないことがあってもしょうがない、それありきでプランを組むべきであって、仕事で来てるわけでもないのに、そんなことに捉われることのほうがもったいないような気がする。そして、旅全体を想ったとき、それ以上にたくさんの人の世話になり、たくさんのものを貰ったんだな、と思えるから。

そんな今の気持ち。やっとエッサウィラまでこぎつけたぞ!

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モロッコ旅日記⑱

House13での夜。国内のYHと同じように、ドミトリーのお客さんも個室のお客さんも、ラウンジ(パティオ?中庭?)に集まってお喋り。とっても可愛い宿でした。タイルの床にモロッカン絨毯。アンティークな感じ、または手作りな感じのローテーブルや椅子。壁際にはベンチやソファがあって、センスの良いオブジェが散りばめられてる。おしゃれでいながら、良い意味で生活感があってくつろげる。しかも、すんごく可愛い猫がいる。遊び盛りなのか、カサコソ動くものがあると、すぐにお遊びモードに。アスーさんがたくさん遊んであげてたっけ。ルーフテラスには犬もいて、案内されたときに一度上がったきりだったので、こちらの犬とは1度きりのご対面だったけど、とても明るいスマートな子でした。

そんな感じで、とても素敵な宿の写真は一枚もありません(笑)。お腹こわしているにも関わらず、みんなが飲んでるのをみたら我慢できずに、『殺菌だよね。』とありがちな言い訳をしいしい、ビールを頼む。House13ではビールと一緒にオリーブも出してくれます。エッサウィラに発つまで、ヨーロッパをいろいろ巡って来た観光上手、買い物上手のお姉さんや、旅行先で知り合って、それ以来ときどき一緒に旅に出ているという2人組、世界一周中の女の子、これまた世界一周中の女の子2人組、さらにはその2人組と一度出会って、モロッコで偶然再会したという1人世界一周中のお姉さんなど、いろんな方と出会いました。驚いたのは、世界一周率の高さ!もちろんバックパッカーです。いろんな話を聞いて刺激を受けた。みんな、いろんな思いをしてるんだよね。とくにバックパックともなれば、楽しいだけでは終わらない。怖い思いも、悔しい思いも、しんどい思いもいっぱいすると思う。にも関わらずなぜ旅に出るのか。なんとなく分かる気はする。今回なんとなく分かった気がする。

さて、2日目。イムリルから帰ってきて、気温の落差にバテつつもフナ広場へ繰り出しました。この日はスークへ行ってみた。スークとはマーケットのことで、イメージは魚市場、かな?ちょっと違うけど、細い路地の両脇にびっしりお店が並んでいて、屋根が掛かっているところもあるけど、露天のところもある、どちらかと言えば屋外。というか街。桁はずれに広い!そして迷子になる危険大。もちろん魚を売っているわけではない。でもありとあらゆるものが売ってる。とにかくマラケシュと言えばスークであり、バブーシュであり、ミントティーポットであり、絨毯であり、マルシェバッグであり、と言えばきりがないけど、それくらい有名なのであります。

わたしは、この雰囲気をあじわいたかったのね。異国情緒たっぷりというか、迷子になりそうな混沌とした世界とか、そういったもの。で、まず分かったのは、自分は買い物に興味がないらしいということ。だって必要ないんだもん。必要ないから欲しいと思わないんだもん。マラケシュに滞在する観光客は、たいていお土産のパッキングに困るみたいだけど、わたしマラケシュで買ったもの。。。ゼロ(笑)。そんなわたしの辛いところは、ほんのちょっと店先の商品を眺めただけで、お店の人から声を掛けられること。で、応答したら最後、いつのまにか値段交渉に入ってる(笑)。値段交渉自体は楽しいんだけど、なんせ買うつもりがないからお財布のなかには100DHあるかないか(1000円くらい)。ちょっと可愛かったフェルトのバッグ屋さんでは、まずは半分くらいの値段を言ってみる。おじさん、『You're a berber woman.』とニヤリ。後から別の人に、どういう意味?って聞いたら、どうやら『やり手だな、おまえ』的な意味らしい。ほんとか?その彼の言う意味もいまいちすっきりとは分からなかったんだよね。ベルベル人女性は、しっかりしていて、何事もきちんと出来る女性だということから来ているらしいけど。

で、調子に乗ってさらに半値まで交渉したものの、はっと気づく。お金持ってない・・・。ここからが大変。お金持ってないから次回来る、と言っても相手は信用しない。まだ値下げが足りないのかと思われて、いくらなら買うんだ?とくる。さすがに罪悪感。マラケシュのスークでウィンドウショッピングはなかなか難しいかと思います。

相当がっかりしてみせるおじさんに、絶対また来るから!と言ってスーク脱出。でも今思えば、絨毯いいなー。わたしの今の部屋にすごく合いそう!冬に備えて買ってくれば良かった。フェルトバッグは要らないけど。ぜひ今度flair

フナ広場に出ると、並んでました!有名な屋台群。ひとつひとつ番号がついてるんだけど、その番号の看板デザインも(デザインというほど凝っているわけじゃないのに)おしゃれで素敵。ざっと、50くらいはあるんじゃないかしら。その周りでは大道芸や踊りや楽器演奏が繰り広げられて、ほんと賑やか!これがフナ広場なのね。屋台群の中を歩くと、呼び込みの激しいこと!!3歩と普通に歩けない(笑)。途中、腕を無理やり引っ張る男にブチ切れて振り切った直後、感じ良い呼び込みについ、迷った割には安易に入ってしまった。ここがさほど美味しくないくせに高かった!モロッカンサラダとシシカバブー(食べきれないくらいきた)、イカリングのフライ、全部で100DH。ついでにあからさまにチップを要求されました。5DHくらい渡したら頷いてくれた。分かり易くていいけど(笑)。完璧な観光客向け屋台でした。そのせいか、食後にミントティーがついた。マラケシュの屋台は有名になり過ぎて、こういう観光客向けの高いお店が多いらしいです。といっても、キビキビと元気に働くお兄さんたちは見ていて楽しかったし、なるほどこれが観光客向けの屋台かという発見があったし、なにしろ初屋台だったから面白かった。お会計したくて声を掛けたときに気づいてくれたお兄さんがかっこよかった。ベン・アフレックばりの笑顔でしたheart つづく。

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モロッコ旅日記⑰

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in Jardin Majorelie. '1979' is my birth year!

MARRAKECH from June 1 to 3
ワルザザードからマラケシュ入りした日から3日間滞在しました。マラケシュ随一の街であり観光地&暑さ&腹こわし中&ドミトリーということで、なかなかヘビーで混沌とした期間だったと記憶します。暑さとピンクの壁と香辛料の匂いと人混みと喧騒と陽気さと、そんなようなものがいっしょくたになった街。

バッドゥに送ってもらって、House13に到着すると、ヘルプで来ていたアスーさんがウェルカムティーを入れて迎えてくれました。House13はフナ広場から10分ほど歩いたところにあるゲストハウスで、ドミトリーと個室があり値段もお手頃。なによりオーナーが日本人女性で、スタッフも日本人という、日本人天国です(笑)。日本語が通じる!通じるというよりも、旅人含め全員が日本人なので、なにもかもが日本語です。分からないことは何だって聞けるし、スタッフの方もとても親切なので、一人旅だけどそこまでヘビーな旅じゃなくていいのよ、と言う人には、ここ、超おすすめ!全員日本人と言いましたが、ヘルプのアスーさんはモロッコ人です。もう慣れたけど、いろんな言葉が喋れます(笑)。おっとりと動く、素敵なお兄さんでした。

さて到着した日は、House13でお茶を飲みつつアスーさんとお喋りして少し休憩。5時頃、フナ広場に向かって歩いてみました。明日のイムリルツアーの待合わせがフナ広場に面している郵便局前だったので、その下見も兼ねて。路地から出てダバシ通り(rue Dabachi)を左側にずんずん歩いていくと、フナ広場に出ます。なんてシンプルな!とあなどることなかれ。行きはよいよい、です。

ダバシ通りも、とくにHouse13の方まで歩いてくると、地元の人向けのお店が多く、右も左もお店が並びます。洋服屋さん、日常雑貨屋さん、パン屋さん、お菓子屋さん、お惣菜屋さん、美容院、などなどなど。立ち並ぶお店以外にも露天で果物や、衣類、でっかいクマのぬいぐるみなんかも売ってました(笑)。イメージはフリーマーケット。買物客が行き交い、お店の人が売り声を上げ、そこをバイクやらラバの荷車やら手押しの荷車やらが通る。てくてく歩いていると、『日本人』、『ありがとう』。『こんにちは』、『Japanese』など、声がかかる。さすが観光地だなー、といちいち振り返って挨拶を返すわたし。これが(笑)、マラケシュ滞在後半にもなると『だから何なんだ!用もないのに声かけてくんな!!』と逆切れし、さらに時がすすむと完全無視になるんだけども(笑)。

地元の人同士で売り買いしている露天、お喋りしながらわたしの脇を通り過ぎていくモロッコ人母娘、淡々と商売するお惣菜屋さんやお菓子屋さん、おじさん達がたむろするカフェや街角。見慣れない街並みに、道草を食うことも出来ず、真っ直ぐひたすら歩くわたし。フナ広場到着。左側にカフェが並ぶ。テラス席でアザーンを聞きつつ夕焼けを見る、というのがフナ広場の定番らしくって、わたしもカフェに入ろうかと思ったんだけど、さすがにこの時間、テラス席は全部(観光客で)埋まってる様子。1階のテラスは地元のおじさん達がリラックス中。早くからカフェ入りしないと無理みたい。マラケシュで出来なかったことその①です。このあともバタバタしてて、カフェでゆっくり待つという時間がなかったし、というより、だいたいにして暑過ぎて日が沈まないと外に出る気がしなかったのである。

フナ広場の名物、屋台が立ち並ぶまではまだ時間があり、暑さと疲れで(お腹をこわして、だいぶ体力が無くなってきている)スークや、ほかの通りに足を延ばす気力もなく、郵便局の場所を確認して引き返そうとしていたところに英語で声をかけられた。英語(または日本語)で話せるのは挨拶だけ、という人も多いので、英語で話し始められるとどうしても立ち止まってしまう(人恋しいのね)。40代くらいの彼はR.Kellyとギリシャ人を足して2で割った感じ(笑)。見るからにひと癖ありそうな感じだったから、最初はかなり警戒した。でも、案内するよと言うわけでもなく、どこか連れてこうとするわけでもなく、ご機嫌で喋り続ける。もう行かなきゃ、と言わなかったら永遠に喋ってそうな感じ。こっちの人と喋ってると、なんか乗せられちゃってテンション上がる(笑)。わたしが影響されやすいだけかもしれないけど。彼とはフナ広場で何回か会って、『Hey!また会ったね!!』とハイタッチしたので、なんだか印象に残ってます。道に迷ってぐるぐる歩き回り、やっとフナ広場まで帰って来たときに『Hey!』と笑顔の(サングラスだったけど、たぶん)彼に会った時はほっとした。一気に友人まで親近感UP、こういう旅人の心細さがスキでもあるんだけどねー。出会いは一期一会だし、自己責任ですな。

フナ広場にてもう一人、日本語を勉強してるので教えてほしいという若い男の子に出会う。英語がいささか不自由な彼(わたしよりも不自由)との会話に、赤本が大活躍。この頃には、絵が書いてある本来のページではなく、もっぱら後ろにおまけのように付いている辞書(日本語→アラビア語があいうえお順に検索できる)ばかり使ってました。英語で言いたいことの概略を伝えて、細かい単語は辞書を指差してアラビア語で伝える。そんなわけで、英語と日本語とアラビア語とごちゃまぜの会話。わたしはこの時、どうしてもタオルを手に入れたかった!スーツケースの中に入っていて取り出せない物たちの中で、大抵のことは我慢できても、やっぱりタオルは必須(この暑さ、シャワーだけは何としても浴びたい)。ふと思い立って、彼に『タオルが買いたい。』と伝えるんだけど、このタオルが英語で言おうが日本語で言おうが、なかなか伝わらない。しまいには、わたしが何を買いたいのか分からないまま、街の人にお店の場所を聞き始める彼。アラビア語なので、なんて聞いたのか分からないけど、どうやら『何を買いたいんだ?』と聞き返されてたみたい。当たり前だ。

ここで赤本登場。道端に座り込んで、2人で赤本をのぞきこむ。あった!!タオルは『ホタ』。わたしが指差したのを見て、彼は嬉しそうに『ホタ!ホタ!you want ホタ!I got it.←と言えたかどうかは定かではない』。喉のつかえが取れたようでテンションアップの2人だったけど、そのホタを売っているお店がなかなか見つからなくて、申し訳ないくらい探してもらいました。結局大きなバスタオルしかなくて、持ち金が足りずに(だって大半はスーツケースの中だもん)、まけてもらいました。ありがとうは彼に言って、とお店の人。どうやら知り合いらしい。

House13への帰り道、タオルも手に入れ、意気揚々とお喋りながらダバシ通りを歩いていたわたしでしたが、はっと気付くと、どこで曲がるのか分からない。『I don't know the way to my hotel. I might be lost...』とダバシ通りを行きつ戻りつ。あろうことか、路地に折れる場所の目印なりなんなりを記憶しておかなかったのでした。普段、そういうことの記憶力には多少自信があるわたしですが。。。

まったく分かりません!!

路地がみんな同じに見えるのよ。あぁ、想定出来ることなのに、バッドゥに連れてきてもらって、なにも苦労しなかったもんだから、すっかり忘れてました。わたしが迷ったと見るやいなや、周りの人に聞いてくれる男の子。日本人が経営してるリヤドで、House13という名前で、と、わたしも地図を出して聞いてみる。人がいっぱい集まってきたけど、マラケシュでも、やっぱり地図はあまり役に立たなかった(笑)。たしかにダバシ通りからは細い路地がたくさん枝分かれしてて、信号があるわけじゃないし、目印でも無い限り、どの路地なんだか分からない。しかもHouse13さんがくれたマップ上の目印は日本語のため、彼らには分からないし(笑)。ただ、住所で分かった人がいたみたい。輪の中にいた、1人のお兄さんに淡々と説明してくれて、『彼についていけば大丈夫だから。』と。なんて心強いんだ。

そのお兄さんとわたしと男の子。ほかにもぞろぞろ付いてきて、大人数でHouse13へご帰還。途中、細い路地を通ったりして不安になったりもしたけど、無事着いてよかった!本当に感謝感謝で、お兄さんにチップを渡そうとすると、no money, お金は要らないよ、そんなんじゃないんだ、だって。

そう、このお兄さんが、翌日わたしからチップをぼったくった青年です(笑)。つづく。

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モロッコ旅日記⑯

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ここも心に残った場所のひとつ。一面にわたしの好きな花が風に揺れてる。

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花を摘んでくれるガイドくん。名前を尋ねると、名前はないよ(笑)。ほんとにー? ←疑い気味

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羊飼いや小麦畑で作業する人々。目の前の道路を、ラバに乗って悠々と通り過ぎて行く少年。

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大草原の小さな家みたい。

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雲がわたっていく。

この遊牧地帯をそぞろ歩きしたことが、この日1番の宝物でした。こうやって書いてて初めて、自分の傾向が分かるなー(笑)。しかし、ここを最後に車の中で舟を漕ぎ始めるわたし。『CHii, you are sleepy, right?(笑)』気付かれちゃったので寝ちゃいました。またもや意識のないままマラケシュ到着(笑)。

イムリルも遊牧地帯も涼しかったので、マラケシュの暑さと言ったら!!『スーツケースのキーはちゃんと持った(笑)?』と冗談ながらも、わたしを覗き込むようにして言ったあたり、あながち冗談だけでもないらしい(笑)。フナ広場近くで2人とお別れ。あとはまた、えっちらおっちらスーツケースをひいて帰りました。宿の近くで、昨日道に迷ったときに手伝ってくれたお兄さんとまた会って、『Hi!』とハイタッチ。もう道は分かってるのに、先に立って案内してくれて、スーツケースまで持ってくれて(一応断ったのだが)、最後『チップをくれ』と。昨日は本気で困っていたのでありがたくて、チップを払おうとしたら no moneyとか言ってたくせに!しかもコインじゃなくて紙をくれ、と言うのには唖然としたね。

結局、昨日の分だと思って払ったけどさ。でもコノヤローと思っても凹むことはなかったのは、少し成長?この後も、彼とは会うたびに『Hey!How are you?』的な言葉は交わすようになり、しかし二度案内しようとはしなかったな。感服でござる。

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モロッコ旅日記⑮

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I like this flowre so much!I saw this one in the Middle Atlas.

イムリルを後にして、フォトストップをとりながらマラケシュへ。いまつくづく思う。モロッコって何でも絵になっちゃう。
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a horse? a donkey?モロッコには働く動物たちがいっぱい。ある意味幸せだよね。

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just having a meal. we can see a lake behind him.

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つづく。

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モロッコ旅日記⑭

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a donkey. I rode him!!

6月2日(土)
マラケシュ発着の日帰りツアーでイムリルへ行ってきました。イムリルとは、『トゥブカル山へのトレッキングの入り口として使われる標高約2000mのベルベル人の集落』だそうです。朝8時にフナ広場郵便局前でドライバーさんと待ち合わせ。House13からフナ広場までは少し歩くので、しかも!わたしワルザザードのホテルにスーツケースのキーを忘れてきたのね。なんてこと!日焼け止めもお金も、なにより生理を止めてるお薬も、全部入ってる。キーを忘れたことに気付いたのは、ワルザザードからマラケシュに向かうバッドゥの車の中。アイト・ベン・ハッドゥも過ぎて、いい加減走ったところ。電話を受けたバッドゥが『Oh my God!もう引き返せないよ!』と。すみません。。。と小さくなるわたし。結局、翌日のイムリルツアーへ同行してくれるドライバーさんが運んできてくれることになりました。一晩、君は洗面用具もないし、着替えもないね!!とバッドゥには笑われたけど、ありがたかった。

ということで、ドライバーさんからキーを受け取り次第、日焼け止めと生理のお薬はのまなきゃ!ってことで、House13から、本来必要の無いスーツケースをガラゴロガラゴロ。お・・重い。

郵便局前は、いろんなツアーさんが待ち合わせに使っているらしく、観光客とガイドさんと車でごった返してました。ま、うまく出会えなくて、公衆電話を探したり、コインが使えない公衆電話があることを初めて知ったり、おじさんがテレホンカードを売ってくれる人を呼んでくれたり、お金が足りなかったり(なんせ、ほぼ全財産スーツケースの中)、電話の掛け方を教えてもらったり、でも通じなかったり。といろいろ四苦八苦しましたが、結局無事会えました。

今回はドライバーさんとガイドさんの2人。たぶんドライバーさんがフランス語のみだからだと思う。すごく陽気なお父さんドライバーと、バッドゥよりさらに1コ2コ下のガイドさん。

イムリルに向かう途中、ベルベル人のお宅におじゃまさせてもらいました。

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he made tea for us.

ピンクの壁の可愛らしいお家。部屋の中は薄暗いんだけど、中庭に出ると木がのびのびと枝をはってて、明るい。小さい女の子の姉妹がいて、ちょっとハニカミつつもなつっこくて可愛かったheart 言葉は通じないけど一緒になって遊ぶ。カマドでパンを焼いていたお母さん(キッチンとは別に、カマドがある半屋外スペースがありました)こっちへおいで、とカマドの前に座らせてくれて、パンを焼いてる様子を見せてくれました。しかも焼き立てを食べさせてもらった!!香ばしくて、中はモチモチで美味しい。すんごい贅沢。お母さんは大きくて優しくて、隣に座った途端、自然と子供になってしまう、そんな感覚。これ持って中庭に行きなさい、と身ぶり手ぶり&フランス語で言われる。ちょうどガイドくんが『チー、お茶が入ったよ。』と呼びに来た。このガイドくん、非常にnice guyで大好きだったんだけど、なぜか名前覚えてないんだな(苦笑)。

中庭で、この家のお父さんと、ガイドくんと、ドライバーお父さんと、わたしでtea time。teaはもちろんミントティー。お茶と言えば、モロッコでは問答無用でミントティーです(笑)。それに、お母さんが焼いてくれたパンと、はちみつ。ほんとに良いお天気で明るいし、美味しいし、気持ち良いし、とっても幸せな気分になりました。

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took some photos, having a glass of tea. everything was so cute.

帰り際、パンツの後ろポケットから手を出して握手したガイドくんの手に、チップがあったのを目撃。なるほど、こうやってチップは渡すのか、といたく感心しました。なんかスマートでかっこいい!以後、チップを渡すときはこの方式で。

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imlil village from a moutain.

イムリル到着。トレッキングの観光客で大賑わい。涼しくて川が流れていて森があってということで、地元の家族連れもリフレッシュにくるみたい。ドライバーのお父さんとはしばしお別れで、ガイドくんと一緒に山の上のレストランを目指す。『チー、これが君の乗るラバだよ。』。道端で待っていてくれたラバとラバを引いてくれるおじさん(この場合もdonkeymanって言うのかしら、camelmanみたいに。。。言わなそう)。早速ラバにまたがる。いやいや嘘みたい。ラバですよ、ラバ。ラクダは多少『ラクダに乗るんだ!』的な想いがずっとあったからいいけど、ラバは不意打ち。いや乗ることになってたんだけど、きちんと読んでなかったか忘れてたのか。おじさんがラバを引いてくれて、ガイドくんは後ろからてくてく付いてきてくれる。

なんだか、申し訳ないんですけど。。。

最初は平坦で、泉ヶ岳の水神みたいな雰囲気(誰も知らないって)。でも小さな川を渡ってからは、ぐんぐん上って、『行ってみたら意外にきついハイキングでした』みたいな(よくあるよね?)。または、もはや登山。ラバって、小さいのにすっごい力持ち。乗ってるとほんとによく分かる。わたしの体の下で筋肉がグイグイ動いてる感じ。うっそーんっていう急な道も、1歩1歩確実に上っていく。慣れてないわたしの方が、なんども落ちそうになってジタバタ(苦笑)。

山の上にも小さな集落があって、その中の一軒を改装して造ったレストランでランチ。素朴で、でもセンスが良くて、とても気持ちの良いレストラン。屋上のテラスに上がって、パラソルの下、タジンをいただく。

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there was some snow left. でも、もっと別の撮り方できなかったのだろうか。

めずらしいことに、ガイドくんと2人でランチでした。優しくて、物静かで、思慮深い雰囲気を持つ彼ですが、喋り出すと、けっこう喋る(笑)。ツアーガイドの仕事のこと、家族のこと、結婚のこと、語学のこと。モロッコで語学について語り合うこと、多かったなぁ。それは、わたしが何カ国語も操るモロッコ人に驚いて、興味を持ったせいもあるし、わたしの英語能力が限定されているため、同じようなことしか話題に出来なかったせいもある(笑)。モロッコには日本語学校が1つしかないんだよ、と彼もまた言うので、『So I'll become a Japanese teacher and teach you Japanese for free!』と笑った。冗談のつもりだった、このときは。ただ、何かひらめいてしまった気はした。

そう、ここで食べたタジンも美味しかった。ほんっとに景色は良いし、心地よいし、美味しいしでおすすめです。←名前もわからないくせに。

帰りは歩き。ラバを引いてくれたおじさんは、自らラバに乗って帰って行きました。かっこいいなぁー。ガイドくんも乗れるんだって。モロッコの人はみんな乗れるのかしら。

つづく。

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